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大道芸レポート

模擬店が出ると聞くと、なんだか楽しくなる。
たこ焼きにビールをグビッと、いいなあ。
会場は河川敷で、そろそろ秋の風がさわやかに吹く季節。
秋風に吹かれてビールをグビッと、いいなあ。
それに何やら大道芸が付いてくるのだから、こころがウキウキする。
大道芸にビールをグビッと、いいなあ。
大道芸というのは何やら下町の風情が漂っているではないか。
缶ビールに、たこ焼き、それに大道芸。
思わず笑みがこぼれる。
いやいや、違った。
元へ。
不謹慎な書き出しであった。
模擬店に大道芸が付いているのではなく、大道芸に仕方なく模擬店がついているが正解なのである。
9月の中旬に枚方公園で行われた「大道芸フェスティバル」を見に出かけた。
何故見に行ったかというと、我が社が総合企画になっているからである。
総合企画という重々しい責務があるのに、缶ビール片手にとは不謹慎ではないかと怒られそうだが、それにはやんごとなき訳があった。
2カ月前に「大道芸フェスティバル実行委員会」から、我が社のY部長に直接話が持ち込まれた仕事である。
Y部長の話によれば、実行委員会は電通や博報堂に依頼するつもりであったという。
それが実行委員会のメンバーの一人がY部長の知り合いで、Y部長の仕事ぶりをいたく気に入られて、話を持ちかけてきたそうである。
電通や博報堂といえば、広告業界のメジャー2大巨頭である。
建設業界で例えるなら、清水建設や竹中工務店。
対する我が社は町の工務店である。
枚方市や寝屋川市などが協賛する一大イベントを町の工務店が巧く運営出来るのだろうか。
10階建てのビル建設を清水建設や竹中工務店に頼むのをやめて、町の工務店に頼むようなものではないか。
Y部長は60歳でK電車を定年退職され、我が社で余生を送られている。
だが、Y部長の余生の送り方は通常のそれではない。
「サラリーマン余生の送り方辞典」に書いてあるような「何もせず、静かに、おとなしく」というのではなく、「ガンガン、バリバリ」と仕事に関わっていくタイプなのである。
ガンガンは一人で突き進む音であり、バリバリは人との関係がきしむ音でもある。
かくして、Y部長は独断で引き受け、独りで仕事に関わっていく。
猪突猛進、独断専行などの四字熟語が思い浮かぶ。
しかし、このバイタリティはどこから来るものなのだろうとつくづく思う。
「ダメやな」とか「どうにもならん」の泣き言を聞いたことがない。
独自でイベント会社に発注し、実行委員会と打ち合わせをして進めていくのである。
10階建てのビル建設に、町の大工さんが挑戦しているようである。
「とにかく失敗を恐れずやってみようと、Yは目の前に広がる青い空を見つめた」と思わず、プロジェクトXの口調になる。
ボクは工務店の奮戦を見学するため、昼頃、枚方公園で降りたった。
多くの家族連れが降りた。
「みんな、大道芸フェスティバルにいくのだな」と思っていると、みんな線路を渡って反対方向へ行く。
反対方向とは「ひらパー」であった。
ボクひとりが会場である河川敷の方へ歩いている。
ぞろぞろとイベントへ流れていく人の波を想像していたのだが、当てが外れた。
しかし、電柱に「大道芸フェスティバル会場はこちら」という手製の看板が貼ってあるのをみて、安心する。
会場を一望に見渡せる土手に立った。
「オオッ」
広々とした河川敷に円を描く形で、模擬店のテントが並んでいるのである。
テントは 100近くある。
まさしく、そこには20坪の一戸建て住宅ではなく、堂々とした10階建てのビルディングが建っていた。
その中をまばらに人が歩いている。
人はたくさんいるようだが、河川敷が広いのでまばらに見える。
所々に人が集まっている。
大道芸人が演技をしているのである。
河川敷に降りると、いきなり「親崎水産」のテントがあった。
どこかで聞いた名前だなと思っていると、さっそくそこにY部長がいた。
この夏、我が社では「添乗員が見つけた諸国の名品」という通販を始めたのだが、「親崎水産」は仕入れもとの一軒であった。
Y部長が大変懇意にしている会社なのだ。
つまり、ビルの内装工事に、知り合いの左官屋さんを呼んできたようである。
Y部長はボクを見るなり、店の人に断ることなく缶ビールとビをボクに差し出された。
店の人にボクを紹介し、「どうや、大きなイベントやろ」とガラガラ声で言われる。
そのガラガラになった声がこの3日間の悪戦苦闘を物語っているようである。
総合プロデューサーを自称するY部長がこんな端っこのテントにいていいものかと思っていると、忙しそうにメイン会場の方向へ向かわれた。
ボクは早速、焼きエビで缶ビールをグビッと一口。
すると、「よう、久しぶり」と隣りのテントから声がする。
以前ショッピングセンターの担当をしていた時に知り合ったB汽船食堂の人だった。
この人、世間でよく見かける「何事にも評論したくなるタイプの人」である。
やはり、「しかしな、このイベントのやり方はな…」と始まった。
Y部長の口利きでテントを出しているらしく、うどんと生ビールを販売していた。
知り合いの下水道業者も呼んできたようだ。
缶ビール片手にしばらく、その人のイベント評論を聞くことになった。
評論の要点はこうだ。
(1)こんな広い会場にテントをバラバラと配置するのではなく、集中して賑わい感を出すべき(2)運営が大雑把で、苦情が多い(らしい)(3)マスコミ(新聞社や放送局)に情報を流していないので、集客が足りない(4)還暦を過ぎたY部長はなんと元気な人だ
評論は20分程続いたが、ボクは評論を聞くために伊丹から枚方までやって来た訳ではないと気づき、その場を辞した。
となりのテントがインドカレーナンの店だった。
インド人らしき人たちが「いらっしゃい、どうですか」とたどたどしいインド地方の日本語を連発している。
国際交流を考慮して、「ちょっと、食べてみっかな」と立ち止まったが、 最初からこんな飛ばしていては最後までとてももたないと考え直し、とにかく一通り回ることにした。
芝生では大道芸が演技をしている。
「倒立」の芸である。
テーブルの上の両端に小さな箱を置いてその上にアルミの箱を置き、不安定な状態でピエロ風の格好をした人が逆立ちをしている。
最初、少し失敗をするので、ヒヤッとする。
しかし、2回目は難無く成功するのだから、最初の失敗は演技だったようだ。
それは大道芸の常道らしく、この後も何回かお目に掛かった。
次ぎはジャグリング
空中へ玉や棒を投げては取りを繰り返す曲芸だ。
「空中放擲捕獲連続技」とでもいうのだろう。
投げるものはナイフであったり、火の付いた棒であったり、ただのボールであったりする。
実演を見るというのはなかなかスリルがある。
成功する場面のみ放送しているテレビと違って、大けがする場面に遭遇するかもしれないという緊迫感がある。
観客も少なからずそれを期待するところがある。
ナイフの尖ったところを持って血みどろにならないか、倒立に失敗して頭から落ちないかと今か今かと待ちかまえている。
だか、そんな場面に遭遇することはなかった。
実に残念である。
「大道芸フェスティバル」には39組の演技者が参加している。
コメディ、マジック、アクロバット、ジャグリングからバナナのたたき売りなどが登録されている。
洋風ちんどん演奏や曲独楽芸もある。
マルチパフォーマンスというのも何組かあり、コメディやマジック、ジャグリングを合わせたもののようだ。
つまり、これなんかはマジックひとつで勝負するには余りにも貧弱な芸のために、コメディやジャグリングなどを付け足している。
コメディも子供は大きな声で笑っているが大人は愛想笑い浮かべる程度であるし、マジックもキディランドで売っているようなものを実演しているに過ぎない。
客のほうもその所を心得ているようで、サルティンバンコやキダムみたいに高いチケットを買って見ているわけでもなく、無料で見させて貰っているのであるから、貧弱な芸に対する視線も温かい。
タダやから仕方がないかと、大らかな気持ちでみていられる。
「しかし、こいつら、どんな生活しているのやろ」とふと、考えてしまう。
学生もいるだろうし、趣味でやっている人もいるようである。
これを生業にしている人もいるようで、道ばたの通行人相手に投げ銭を稼いでいる。
確か、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」という映画で、アンソニー・クイン演じる大男が身体に巻いた鎖を引きちぎる大道芸をしていた。
ジュリエッタ・マシーナが演じるジェルソミーナが帽子で投げ銭を集めて、それで生計を立てていた。
このフェスティバルでもメイン会場での演技の他に、広い芝生の上で芸を披露していたのだが、必ず最後に投げ銭を要求しているのである。
しかし、投げ銭をしている人は少なかった。
「芸人が気の毒ではないか」と思っているボクも大道芸に投げ銭をすることなく、模擬店に投げ銭をした。
残った缶ビールで唐揚げを食べる。
塩コショウは効いているものの、冷たくてマズイ。
口直しに「サブちゃんぎょうざ」に投げ銭。
これも冷たい。
ぎょうざは不味くても、鉄板から取り出したばかりの出来立てをホコホコと食いたいのだ。
冷たいぎょうざも冷たい女も嫌いだ。(大声)
何故、これらは冷えているかというと、客が回転していないからである。
暇なために、作り置きがいつまでも残っているためである。
冷たい女も男の回転が悪いからだ。(関係ないか)
一通り回ってみたが、客で賑わっている店はほとんどなかった。
店員が暇そうに空を見ている光景が目立った。
これらの模擬店を一言で表現すると、「活気がない」である。
なかには「フランクフルト」「たこ焼き」の看板が掛かっただけで、ガランとしたテントもあった。
聞くところによると、テント一張りに対して、出店料11万円なのだ。
それも前金で支払っているという。
商売にならないから、帰ってしまったのだろうか。
そうだとすると、えらくもったいない話である。
メイン会場の横にある大会本部に立ち寄った。
テントの中に、Y部長、我が社の若い社員とイベント屋さんのoさん、それにアルバイトらしき女の子がひとり座っている。
閑散とした中で、Y部長の「出演料貰っていない人は取りに来てや」という声だけが大きく。
時折、大会役員らしき人が出入りしているが、イベントが持っている慌ただしさ、賑やかさは感じられない。
Y部長の声だけが大きく響いている。
ビル建設現場で大工さんがひとり、ねじりハチマキで頑張っている。
ボクを見ると、大工さんじゃなかった、Y部長はいきなり「君、字うまいか」と聞く。
何やら、飾り罫だけが書いてある表彰状とそこに書き入れる文章の書いたメモ用紙を持っていた。
まさか、今からここで表彰状にマジックで字を書くのではないだろうと思いながら、「ボクは字のほうはダメです」と返事。
若い社員に小声で、「何の表彰状や?」と聞くと、「いや、さっぱり、判りません」と言う。
急に何かを思いついたらしい。
長居していると何を頼まれるか判らないと思い、メイン会場へ向かった。
最後から2組目が演技を行っている。
広い会場に家族連れやアベックが座ってみている。
演技者の前には子供が集まっている。
見物客の構成としては家族連れ60%、散歩中のおじさん、おばさん10%、近所のガキ5%、アベック5%、大会関係者10%、その他5%となる。
その他の5%とはボクのような暇なおじさんや大道芸オタクを含んでいる。
若い女の子がいない。
余りにも、若い女の子の含有率が低すぎるではないか。(怒ってどうするんだ)
暇なおじさんは生ビールを買って、演技を見るでもなく景色をみるでもなく、ぼんやりと端っこに座っているのである。
演技はまた、ジャグリング。
ナイフのジャグリングはリンゴを入れて、それを途中食べながらナイフを投げ回すという荒技で、これはなかなかスリルがあった。
最後の演技者もジャグリングで、またナイフを投げ回していた。
暇なおじさんはまた投げ銭をすることなく、ビールを飲み終わった後、さっき気に掛かっていた「浪速の名物ラーメン」のテントに急ぐ。
「どうです、儲かりまっか」「さっぱり、あきまへん」と、店主と会話を交わしたが、無口なのか暇なのを怒っているのか、それ以上会話が進まなかった。
先払いした出店料のことを考えているのだろうか。
ラーメンを食べる。
なんと、マズイラーメンであることか。
ダシは醤油にお湯を注いだようなもので、粉のかたまりのような麺が横たわっていた。
ラーメン大好き小池さんでもこんなラーメンは食べない。
「美味しかったですわ」と絞り出すようなお世辞を言って、店を後にする。
口直しに、さっぱりしたデザートを食べたい。
さっきから気に掛かっていた「冷やしパイナップル・100円」のテントの前に立った。
細長く切ったパイナップルに割り箸が刺してある。
パイナップルは実と芯の部分が付いていて、割り箸は実の部分に刺してある。
実の部分を食べると実がすくなくなり、割り箸が不安定になってくる。
落ちそうだなと思いながら食べていると、案の定、半分食べた所で芝生にぽとりと落としてしまった。
惨めな思いで落としたパイナップルをゴミ箱に捨て、帰路に着いた。
そして、おじさんは駅で大きなあくびをするのであった。