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 禁句

あれ程、心をかき立てる音があるだろうか。
乾いたその音は商店街の喧噪の中に響きわたる。
時折、鐘の音が混じったりする。
ガラポン抽選のことだ。
ガラポンの抽選器は一時期、コンピュータの抽選器に取って替わられたことがあった。
コンピュータの画面には空飛ぶ飛行船が現れていて、その中からパラシュートをぶら下げたサンタが舞い降りてくる。
そのサンタが下にある小島に巧く降りたら、その島に突き刺さった1等、2等などの旗の賞品を手にすることが出来る。
だが、サンタはほとんど小島にではなく海の中に落ちて、はずれの表示が現れる。
なんだか機械に操られて、小馬鹿にされているような空しい気分を味わってしまう。
そもそも抽選というものは大部分が末等、はずれなのだ。
商店街を運営するテナント会では抽選会の賞品にかける費用が限られていて、特賞の海外旅行などは抽選回数の0.1%にも満たないものなのだ。
あくどい商店街は海外旅行を5組しか用意していないのに、10組様に当たると広告に載せたりしている。
特賞に当たった人の名前を貼り出したりするのだが、当たりが出てもいないのに新しく名前が貼り出されている。
この抽選会なるもの、本来商店街の各店が人手を出し合って運営すればいいのだが、抽選会をする時期はどの店も忙しい。
そこで広告代理店イベント業者に委託する のだ。
ショッピングセンターを担当していた私も何度かこの抽選会を経験しているが、これほど手間が係りと神経を使う仕事はない。
もちろん、簡単な仕事なら高い金を払って、代理業者に頼むことはないのだが。
抽選会会場の設営に始まり、アルバイトの手配、賞品の設定と搬入、抽選回数の予想と参加賞の用意など、こまごました仕事を的確にこなしていかなければならない。
特に一番神経を使うのが、翌日のガラポンの玉込めだろう。
特賞から末等まで、賞が5段階あるとすると、5色の玉を混ぜてガラポン抽選器の中に入れる。
当然のことだが、同時に数に見合う賞品を準備しておかなければならない。
ガラポン抽選器は巧く考案された機械である。
シンプルかつ緻密で、それでいて抽選するものの射幸心を煽りたてる音まで出してくれる。
当然のことだが、確率を的確に守ってくれる。
例えば、4等の数を30%の割合で玉込めして、50回抽選器を回すとほぼ15個の4等の玉が出てくる。
初めてガラポン抽選会をするときに実験したのだが、この確率は忠実に守られていて感動してしまった。
だが、特賞はというと、そうはいかない。
数が極めて少なく一日に1個か2個しか入れない為、確率の問題ではなくなる。
入れ時が重要になってくる。
つまり、特賞が出た瞬間は目立たなくてはならない。
「ほら、ここで買い物をしたら、こんなよいことがありますよ」と買い物客に知らせなければならないからだ。
それには平日の客の少ない時より、日祝の買い物客で店内がいっぱいの時や抽選会に多くの人が並んでいる時が効果的なのだ。
何百個入った玉の中に一粒や二粒だけしか入っていないのだから、それはそう簡単なことではない。
以前抽選会で休日に2本出すべく特賞を用意していたのだが、その内1本は朝の抽選会が始まってすぐの時間、店内が閑散としているときに出てしまった。
これは明らかに抽選会の失敗例といえる。
宝くじがそうである様にたくさんの抽選券をもったほうが当たる確率は高いのだが、というものはそう簡単に作用しないものだ。
よく買い物をする人が100回抽選した後に、たまたま通りがかりに買い物をした人が一回だけ抽選し、その人にぽろりと特賞の玉が出たりする。
数少ない幸運はけっして計算通りに振り分けることが出来ないのであって、それは人生の縮図のようだ。
タバコを毎日50本吸う人がに罹らず長生きし、毎日養命酒をのんで節制している人が肺ガンでぽっくりいったりするのに似ている。
こういう抽選会は日頃のご愛顧に感謝する催しであって、気軽な気持ちで参加して貰えれば運営している側も楽しめる。
ほとんどの人は買い物に余分に付いてくるのだからと納得して、当たらないからといってそう熱くなることはない。
良識があるからだ。
こんなたわいもないお遊びで怒ってしまう自分が気恥ずかしくなるものなのだ。
だから、2.3回引いてスカばっかりだとしても、薄笑いを浮かべたりする。
ちょうど、発車寸前の電車に乗り込もうとして、目の前でドアが閉まってしまった時の薄笑いに似ている。
でも、時折青筋を立てて、「これ、スカばっかしやないの」と毒づくものもいる。
おばさんという人種にそれが多い。
この人種は「運が悪いですね。さっきのお客さんは2等と3等を持って行かれました」と笑って済ませば良い。
しかし、それでは済まない人種がいる。
夏の抽選会のことだ。
Tシャツを着た、人相の悪そうな3人のオニイサン方が抽選会にやってきた。
Tシャツからはみ出した腕には入れ墨が見えていた。
3人は3、4回程、ガラポンを回した後、「こら、これ、特賞入ってんのか」と大声を出した。
「も、もちろん、入ってます」と上づった声でボクが答える。
しかし、無法者に常識なんて通じない。
一般人が持っている良識はかけらもない。
「玉、全部出して、入ってなかったらどうすんのや」と3人はすごんでみせる。
ボクは取りあえずその場を収める為に、抽選会場では言ってはならな禁句を言ってしまった。
「今日、当たりは入っていませんから、今度の日曜日に来て下さい」
抽選をしようと集まっていた買い物客は、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。