人はオギャーと生まれた時から、欲望との闘いが始まる。
人間社会を複雑に紡いでいるのはこの欲望であり、欲望のない社会は存在しない。
人間は一生の間、欲望を充足すること、抑制することに多大なエネルギーを消費していく。
時には欲にまみれながら悦楽をもてあそび 、時には欲に枯渇しもがき苦しむ。
欲しいものを手に入れるために人を陥れ、人を殺めることさえある。
欲望をコントロール出来ない人間はとんでもない方向に行く。
そこには抑制のスイッチが必ず必要なのである。
人間ほど多くの欲望を持っている動物はない。
その種類も多い。
出世欲、性欲、食欲、顕示欲、知識欲、金銭欲…
そして、混浴なんてのもある。(ゴメンナサイ)
欲望に取りつかれた人間はそこからなかなか抜け出せない。
それが醜い、薄汚いものであっても、振り払うことが出来ない。
振り払うために仏門に入り、幾多の修行に身を置くものさえいる。
欲望の中で食欲だけは生命に関わっている。
出世欲や知識欲を抑制しても、死ぬことはない。
性欲は子孫を残すことから大切なものだが、それを抑制して死ぬことはない。
だが、食欲を長時間抑制すると、人間は間違いなく死ぬ。
さて、ボクはこの人間に欠くことが出来ない欲望を2日間断つことにした。
人間は1週間や2週間食べなくても生きていけるし、 本格的な断食になると、1週間から10日くらいするらしい。
ボクにはそんなことを実行するだけの自信はない。
何故なら、食べることについて人一倍執着心があると思っているし、生まれてこの方2回連続で食事を抜いたことがない。
それが2日間6食を抜くのだから、さぞツライことであろう。
断食の効用なるものを書いている書物はたくさん出ている。
食を断つことにどんな効果があるかというと、
・内蔵を休ませる
・余分な脂肪を捨てる
・毒物・老廃物を排出する
・体の抵抗力が増す
などがあるらしい。
最後の「体の抵抗力が増す」というのは<食物が断たれるという人体にとって 危機的な状況になると、体は自然に自分を守ろうとして抵抗力を強める>ということらしい。
だが、これは一週間から10日の断食の場合であって、2日ぐらいの断食ではそうはならない。
それに、断食をすると血糖値が下がる。
血糖値が下がるとどうなるかというと、脳が脂肪をエネルギー源に使うことが出来なくなり、内臓から出るケトン体というエネルギー源を使うようになる。
そうすると、「気分が爽快になる」 「細かいことが気にならなくなる」「頭脳を明晰にし、直感力が増す」などの効果が現れるのだという。
2日くらいの断食でそんな効果が得られるとは思わないが、我慢するということから何かの発見が得られるはずである。
今回は食にどん欲な人間が断食することでどんな精神状態に陥るかを克明に調査した迫真のレポートである。(ちょっと大層か)
12.28(断食の前日)
PM5:45
イズミヤで「カゴメ 野菜生活100」を2パック買う。
本当は水のみで過ごすのが良いのだが、今回は野菜ジュースは良いことにした。
PM11:00
寝る前、冷蔵庫にある「ユーハイム」のアップルパイを見つけ、明日から2日間断食に備え、一切れ食べる。大きな切ったリンゴが入っていて、美味。
「しばし、食べ物とお別れか」とつぶやく。
空腹の苦しみがどんなものかを考えると少し不安に。
12月29日(断食初日)
AM6:30
目を覚まし、寝床で本(唯川恵「恋人たちの誤算」)を読む。
AM7:40
アルバイトに行く娘が部屋に現れて、「JR伊丹まで送って」という。
いつもなら渋々行くところだが、朝飯がなく暇なので快諾する。
帰りにHP用の写真を、尼北高まで撮りに行く。
AM8:40
「さあ、朝ご飯でも」というところだが、武庫川にジョギング。
約5km走る。寒々とした土手で、少年野球をしていた。
付き添いのお母さん連中がお茶を片手に、おにぎりを食べている。
恨めしそうに、見る。
AM9:10
リビングの食卓に座り、新聞を読む。
息子の食べ残した卵焼きとウインナーが食べて欲しそうに僕を見ている。
手持ちぶさたで、野菜生活100を一杯飲む。
<教訓:食べないと、暇である>
AM10:00
両親が正月用の酒を買いに行くので、車で同行。
安売りショップで、試食用に置いてある酒の肴が僕を見ている。
父親が発泡酒を買おうとするので、サッポロの黒ラベルを薦める。
AM11:00
NHKの将棋対局を観る。
次の一手が良く見える。
血流が胃より脳へ多く送られているせいか、冴えているのかも。
PM12:30
いつもなら、「さあ、昼飯に何を食べるかな」と考えるところ。
食卓に座ると、ピザのチラシがテーブルに。
カニ入りの写真が美味そうで、滅多に食べないピザが食べたくなる。
PM1:00
年末なので、「ちょっくら、蛍光灯でも掃除すっか」と重い腰を上げる。
動いてみると、心持ち身体が軽く感じる。
軽やかに、ストーブに灯油を補給し、自分の机の回りを掃除する。
<教訓:空腹は身体を軽やかにする>
PM2:30
金ブン通信1月号「解体禁書」の文章を書き始める。
書いていると空腹が気にならない。
むしろ、頭が冴えているような気がする。
<教訓:脳の働きが活発になる(ような気がする)>
「ふたつのトラウマ」を書き終える。
PM4:00
足の弱った母親を散歩に連れ出す。
家の近所を一回り。
戻ってから、母親とティータイム。
チーズケーキを美味そうに食べる母親の横で、お茶を飲む。
PM6:30
食卓にカニクリームコロッケがのっている。
美味そうだ。
急に空腹を感じる。
家族が食べているのを見てられないので、部屋に入ってホームページ更新の続きをする。
PM8:00
パソコンに飽きたので、寝床で本(唯川恵「恋人たちの誤算」)の続きを読む。
唯川恵の小説が最近の若い女の子に読まれているのが判るような気がする。
女ということで社会的な差別を強いられる登場人物が荒波に揉まれながら生きるーこういうテーマは女にとって、たまらないのだ。
そんなことより、天丼が食べたいと思う。
PM10:00
2階のリビングに降りて、テーブルにある食べ残しのクリームコロッケに目をやる。
居間のコタツにもぐりこんで、テレビを見る。
PM10:30
猛烈に空腹を感じるので、眠ることにする。
ベッドに入って、南伸坊の「笑う哲学」を読み始める。
PM11:過ぎ
夢の中へ。
12月30日(断食2日目)
AM5:30
休みだというのに、朝早くから目が覚める。
「わあ、今日も飯が食えんのか」と憂鬱な気分になる。
寝床で、「笑う哲学」を読む。
まどろみながら、ノンレム睡眠へ。
AM7:30
起きてリビングに降りる。
野菜ジュースを一杯。
新聞を読みながら、お茶を一服。
朝飯を食べた後に何かをしようとか、昼飯の後に掃除をしようとか、食事を境にして行動を考える。
が、食事がないのでその必要がない。
昼からビデオでも観ようかと思うのだが、その昼からは昼食後を意味しているのであり、昼食がない訳だから、昼になった12時からビデオを観ることも出来る。
しかし、何故か違和感がある。
<教訓:食べるということは生活の節目を作っている>
AM9:00
洗車し、ワックスを塗る。
ガソリンスタンドに行く。
帰りに正月用のビデオ(「ヴィドック」と「ナインスゲート」)をツタヤで借りる。
今年の冬は寒い。
今日は余計に寒く感じる。
食事をしていないせいかも。
<教訓:食事を抜くと寒い>
AM13:00
コタツにもぐりこんで、ビデオ(「ショコラ」)を観る。
チョコレートのお店を通じて、心を閉ざした村人たちと打ち解けていく、ほのぼのとした映画だ。
禁欲主義で頑なに店の存在を嫌っていた牧師が、最後にチョコレートをむさぼり食うシーンではさすがに甘い物が食べたくなる。
AM16:00
母親と散歩し、その後ティータイム。
母親が美味しそうに、クッキーを頬張るのを羨ましげに見る。
AM17:00
パソコンに向かって、金ブン通信1月号を作る。
昨日は空腹でも頭が冴えていたが、今日は更に空腹度が増した為か、普段でも乏しい思考力が低下する。
AM19:00
家族の食卓を避け、一人テレビを見る。
「一泊二日、格安の温泉宿」なる番組を見るが、やっぱりタレントが食べる画面が映し出されている。
チャンネルを回すと、天ぷらの名店「みかわ」が紹介され、また、食べる画面が。
なんと、食べる番組が多いことか。
「勝ち組にあやかれ!食べるぞ、買うぞ、ご利益ツアー」「幻の香港、炒飯大追跡」「デパ地下、グルメの老舗」「うまいものテレビ」等々、食べるシーンが必ず映し出されている。
やはり、日本は平和なんだろう。
<教訓:テレビはネタに尽きると、食べる番組を放映する>
AM20:00
「笑う哲学」を読む。
最初は面白かったが、段々と詰まらなくなったので、流し読み。
あまり、空腹が気にならない。
空腹に慣れてきた様な気がする。
AM21:00
読書に飽きたので、パソコンに向かって、文章を打つ。
文章を打つのも飽きたので久しぶりにHなサイトでも見てみっかと、「スケベなサイト」を検索しようとするが、空腹の為か(歳のせいか)全くスケベな気持ちが起こらず、「羽生善治応援のページ」へ。
<教訓:空腹では性欲どころではない>
AM23:00
断食の達成感に包まれながら、寝床に。
東海林さだおの「いくぞ、冷麺探検隊」を読み始める。
やがて、夢の中へ。
大晦日。
3日ぶりの食事なので軽い食事からと、インスタントの梅がゆを温めて食べる。
少し食べ足りないが、せっかく減量したので我慢した。
たった2日間の断食だったが、「食べる」ことが生活の中でどんなに大きな位置を占めているかを再認識した。
食欲を満たすことーそれは人生の80%以上の楽しみを得たようなものである。
ダイエット効果は61.5キロあった体重が60キロになっていた。
しかし、それも正月が明けると62キロになっていた。
ダイエット 形状記憶で 元どおり(サラリーマン川柳より)