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やや、不満

これは何かと言うと、健康診断の時に使う検尿のスポイドである。
こんなものが机の中から出てきた。
その日はうっかりしていた。
朝起きてご飯を食べ終わってから、今日が健康診断の日であったことを思い出した。
昨日の9時から何も食べないようにしていたのに、一夜眠ると全く忘れてしまった。
それでも、健康診断に行った。
仕事の都合をつけて、大分前から健康診断に行くことにしていたからだ。
とにかく、健康診断に行った。
が、受付で検尿を忘れていたのに気づいた。
しかたなく、スポイドを貰って検尿。
「ゲッ」
さっき、駅でトイレをしたばかりだった。
しかし、出るものだ。
不思議だが、尿は十分に出る。
血圧を終えて、血液検査の列に並ぶ。
「金ブンさん、ですね」と係りの人。
「ハイ」
「けさは何も食べていませんね」
「ハイ」
「あれれ、ホッペにご飯ツブが」
「アッ、これは昨日の晩ご飯に食べた中華丼のご飯で…」
「どれどれ」と係りの人はボクの頬からご飯ツブを取って、
「昨日のご飯にしては、やわらかいですよ」
「へへへっ」
ボクは笑ってごまかした。
(もちろん、前10行分は作り話である)
とにかく、朝ご飯を食べたことを隠して、無事に健康診断を終えた。

つまらない前振りだったが、 その健康診断の結果がやって来た。
「高脂血しょう」と「やや、肥満」である。
血中脂質検査のトリグリセライドの数値が151で、正常値が150以下なので、ぎりぎりのところだ。
トリグリセライドは皮下脂肪の主成分で、糖質より作られている。
これが多すぎると、動脈硬化や脂肪肝(肝臓病)の原因になるそうだ。
だから、甘いものやアルコールの取りすぎ、運動不足を日頃から注意しなければならないし、特に肥満は気を付けなければならない。
それが、「やや、肥満」だった。
肥満度検査のBMIが24.2なのだ。
BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割った数値で、「やや、肥満」は24.2以上、26.4以下である。身長が160に、体重が62kgだから、 これもぎりぎりのところで「やや、肥満」となっている。
身長の160はどうあがいても伸ばすことは不可能なので、体重を落とすしかないのだ。
ちなみに、ボクがこの会社に入社したときの体重は48kgだった。
BMIの検査ではやせ形の範囲。
ただ、この時は「世界で一番美しい病気」に罹り、それが極度の悪性化した直後で、まるで食べ物が喉を通らない状態だった。
通常よりも3kgは減っていたようである。
その後の飽食と怠惰の繰り返しで、社会人25年勤める間、余分な脂肪が体にまとわりついていった。

世はダイエット症候群が蔓延している。
女性週刊誌の後ろ10数ページには必ず、「痩せる」が大きな見出しになっているし、週末の新聞にはエステなりダイエットなりの折込チラシが挟まれている。
それだけ、需要も多いのだろう。
「世界がもし100人の村だったら」という最近ベストセラーになった本に、「20人は栄養がじゅうぶんではなく、その内1人は死にそうな程。でも、15人は太りすぎ」と書いてあった。
つまり、食うに困る人がいるかたわらで、食うから困る人がいるのである。
「びっくり世界一事典」という本にもこんな話が書いてあった。
イギリスに住むロレッタ・クオルトンという女性は肥満で悩んでいた。
ある雑誌に「風船ダイエット」という記事を見つけた。
胃を膨らませる為に特殊な風船を胃の中に付け、食べる量を5分の1に減らすというものだった。
相当ダイエットに血迷っていたのだろう、ロレッタさんは風船を食べることと解釈してしまったのだ。
かくして、1週間に200個ものゴム風船を食べて、意識不明におちいった。
手術で一命は取り留めたそうだが、ダイエットへの執念は恐ろしいものだ。

体重を減らすということは「身体から出す」か「身体に入れないか」のどちらかなのだ。
その方法はちまたに数限りなくある。
ジョギング・サウナ・太極拳などの古参のものから、ラッピングダイエット・水ダイエット・ヨーグルトダイエットなどの新参のものまで並べたらきりがない。
需要があるところに供給が産み出されていくし、ビジネスチャンスがあるから企業は「もろ人こぞりて」参入してくる。
そこにはまともなダイエットもあるが、かなり怪しいものもある

たとえば、髪しばりダイエットやマニキュアダイエット
髪しばりダイエットは「メディカルダイエット」の一つで、頭皮に点在する「神経血管反射点(N・V反射)」に対し頭髪をしばることで刺激を与え、関連する部位の筋肉や内蔵の血流を良くするというもの。
また、マニキュアダイエットはマニキュアを爪に塗ることで、一定の刺激が局部に集約され、希望の部位が引き締まるというものだ。
足の裏に身体の各部に通じるツボがあるように、爪にもあると解釈する訳である。
少し無理はあるが、それなりの科学的な根拠がある。
しかし、効果の程度を知るのに何ヶ月も掛かるとしたら、通常の人は志半ばで投げ出したしまうに違いない。
ダイエットの究極は食べないことである。
が、人間は食べないと確実に死ぬし、食べないのはつらい。
都合の良いことに、食べても痩せられるというのも用意されている。
低インシュリンダイエット」がそれである。
インシュリンには、血中の糖がエネルギーとして消費されるのを促進する働きと、消費されずに残った糖を脂肪細胞に運んで蓄えさせる働きがある。
このインシュリンの分泌量を低く抑えると、糖が脂肪細胞へ運ばれにくくなるだけでなく、脂肪細胞からエネルギーを引き出して消費させるグルカゴンの分泌が促進される。
このインシュリンの分泌を抑える食物を主食にすると、その効果が現れ、食べながら痩せられるのである。
よく大食い選手権で見かける「シロタ」「イテヤ」が普通の体型なのは、おそらく体内の消化液のレベルが通常の人間と違っているからなのだろう。

以前、得意先に2カ月で40L痩せた男がいた。
身長180に体重が120Lあった。
猛烈な大食漢で、「餃子の王将」に30分以内で10人前の餃子を食べたら無料というのがあったが、それに挑戦して失敗したことがなかった。
途中で口直しに焼き飯を注文しても、10人前を平らげるほど。
あまりの大食いに、店主から来店を断られたという。
それが医者に「このままだと重い病気になる」と注意され、一念発起してダイエットに挑戦した。
とにかく、食べないことを志した。
5月の連休前から、一日にトマト一個を朝食べるだけを始めた。
何故連休前かというと、その間会社は休みで、空腹に耐えるために家で何もしないことが出来るからだ。
かなり意志の強い男で、それを1カ月続けた。
会社で仕事をしていても、思考力が減少し、気が狂いそうになったらしい。
その後、徐々に軽い食事を始め、リバウンドを経験することもなく、80Lの体重になった。先日、久しぶりにその男を千林の商店街で見かけたのだが、身体はスリムなままであった。今でも、晩ご飯は食べないらしい。
腹が減って、眠れるのだろうかと要らない心配をするのである。

先日、新聞に「太るホルモン解明」という記事が載っていた。
肥満というのは体内の脂肪細胞に余分な脂肪がため込まれて起こる。
食事後に脂肪の刺激で十二指腸からホルモン「GIP」が出るのだが、脂肪細胞の表面にその「GIP」と結合する「GIP受容体」がある。
京大の研究グループはマウスの実験で、「GIP受容体」のないマウスが高脂肪食でも肥満にならなかったことに注目した。
「GIP受容体」が「GIP」と結合した場合、血液中の脂肪を取り込みやすくする酵素が出ることなどを解明したのだそうだ。
今までの肥満治療薬は食欲を抑えることだった。
それが脂肪細胞に脂肪が蓄積されるのを防げるのなら、ドンドン食べても太らないという夢のようなダイエット薬が登場することになる。
食欲とダイエットの狭間でもがき苦しんでいる、意志の弱い人にとっては朗報である。
夢の薬が街の薬局に登場し、食べ放題の店に行列が出来るのが待ち遠しい。

とにかく、2Lくらい体重を落としてみようと思っている。
麦芽の効いたアワのジュースは止められないので、晩ご飯にお米を食べないことにした。
飲んだ後のお茶漬けはもちろん、たこ焼きやラーメンなども厳禁だ。

最後にダイエットの川柳を3題載せておこう。
ダイエット グラムで痩せて キロで肥え
母エステ  父の財布が   痩せていく
ダイエット 犬の散歩で   犬が痩せ (サラリーマン川柳より)